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ことでんについて


 高松琴平電気鉄道は香川県内に3つの路線を有する地方私鉄で通称ことでん(琴電)と呼ばれ、その路線延長は約60km、保有車両数は86両と地方私鉄の中でも最大級の規模となっており、四国では唯一の標準軌(1435mm)を使用した鉄道。その歴史は1911年(明治44年)11月18日に琴電の前身である東讃電気軌道が今橋〜志度間を開業させたところに始まり、現在の琴電は前述の東讃電気軌道改め讃岐電鉄の他に琴平電鉄と高松電気軌道の3社が合併して誕生し、2011年の同日に開通100周年を迎えた。

  高松琴平電気鉄道

 設立

 昭和18年(1943)11月1日

 路線

 琴平線:高松築港〜琴電琴平32.9km

 長尾線:瓦町〜長尾14.6km

 志度線:瓦町〜琴電志度12.5km

 保有車両

 仏生山検車区:64両(1200形、1080形、1100形、1070形、600形、1300形、1000形、3000形、5000形、20形)
            2両(デカ1形、13000形)

 今橋検車区:20両(600形、700形、800形)

計86両 

昭和5年ごろの香川県鉄道路線図 現在の高松琴平電鉄の路線
 
 ・讃岐電鉄(東讃電気軌道):明治44年11月18日に今橋〜志度間を開業させ、今橋から沖松島や春日川、屋島、八栗、六万寺、大町、塩屋、房前を経由して志度まで、現在の志度線とほぼ同様の区間を走っていた。その後の大正2年には今橋〜出晴、大正4年には出晴〜公園北門前を開通させたが、第一次世界大戦の影響で経営が行き詰まり四国水力電気に合併された。その後の大正6年には宇高連絡線により四国の玄関口となっていた築港への路線を延ばし、一気に利用客数が増加している。昭和4年には屋島にケーブルカーを開業させて観光需要の増加を図った。その後の昭和17年に日中戦争での電力系統増強のため鉄道と配電部門を分け、鉄道部門は讃岐電鉄として運行を続けた。
 ・琴平電鉄:四国の玄関口である高松と金比羅宮参拝客で賑わう琴平を結ぶため、大正15年に栗林公園〜滝宮、昭和2年に高松〜琴平間が開業した。路線は四国発の高速電気鉄道として建設され、架線電圧は1500V、軌間は標準機を採用し、車両は汽車製造会社1000形や日本車両3000形、加藤車両5000形といった当時としては最新鋭の車両を導入し、「讃岐の阪急」とも呼ばれていた。昭和3年には塩江温泉鉄道を設立し、翌年には仏生山〜塩江間を開通させて温泉旅館への観光輸送を行った。しかし経営は厳しく昭和13年には琴平電鉄に吸収され琴平電鉄塩江線となり、その後も好転の目処が立たず台風の被害も甚大なことから昭和16年に廃止。開業からわずか12年という短い期間であった。
 ・高松電気軌道:明治45年に出晴〜長尾間を開通させ、元山や水田、西前田、高田、池戸、平木、井戸など現在の長尾線とほぼ変わらないルートを走り、当時は貨物輸送も実施していた。路線は複線分の用地を確保していたが、複線化が実現することなく現在に至る。新川橋梁に見られる階段状の橋脚は複線化準備によるものである。



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